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水からの伝言


水からの伝言
by emoto-hado
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カテゴリ:旅日記( 3 )


バンクーバーセミナー

8月15日(金)

バンクーバーセミナー大成功

今年の8月15日は、カナダのバンクーバーでのセミナーでした。主催はバンクーバーに居住する田中洋子さんを始めとする、スピリチャルグループの方々でした。
海外において、現地の純粋の日本人が主催をしてくれるケースは余り無く、たまに有っても、懇話会的なものが多いので、集客には余り期待をしていませんでした。
案の定、最初の出足は100人程度で、500人定員の会場にはちょっと寂しい数です。
しかし、ここに来て1週間ほど前から、俄かに活気が出て、あれよあれよと言う間にチケットが売れて、当日は丁度定員一杯の500人の方が来てくれたのです。その中で邦人も100人近くいて、海外のセミナーとしては過去最高の邦人観客数を記録しました。
何でこんな現象が起きたのか、思い当たる事と言えば、日本を出る早朝に、バンクーバーのラジオ局二局から、ライブのインタビューを受けて集客に協力した事ぐらいです。でも、この放送は日本人向けでは有りませんから、日本人の方が100人も来たという理由にはなりません。やはり、主催者グループの方が、必死になって同胞に声を掛けてくれたお陰でしょう。

さて、セミナーは大変盛り上がりました。それは次のような語りから始まりました。
「今、北京ではオリンピックが盛り上がっています。各国のメダル獲得争いが、日本の新聞では連日のように、報道されています。日本は今日現在金メダルの数が6個ですが、カナダはいくつですか?(実はその日現在、カナダはメダル獲得ゼロであった事を知っていて、お客様に問いかけた) えっ!?ゼロですって、それはいけませんね。皆さん少し応援が足りないじゃないでしょうか。それでは、カナダ国歌とそれを聞いた水の動画映像を最初にお見せしましょう。さあ、皆さん元気に国家を唄って、北京にいるカナダ選手団に声援を送りましょう!」
と、私はきちんと背筋を延ばし胸に手を当てて、スクリーン上に映し出されたカナダ国家を聞いた水の映像を見つめました。すると全員の方が立ち上がって、美しいカナダ国歌を朗々と歌い始めました。それはそれは、感動的なオープニングでした。
「皆さん、素晴らしい歌声でした。これはきっと北京まで届いた事でしょう。明日、あさっての新聞が楽しみですね。きっとメダル獲得のニュースが次々と報道されますよ。」
(そして、その予測は見事に実現化したのです。15日現在、ゼロだったカナダのメダルは18日には10個までに達したのです。)

こんな調子でスタートした、講演会は最後まで盛り上がり、皆さん大満足でお帰りに成りました。特に多くの日本人の方が、帰りがけに“良かったですよ”と声を掛けてくれたことが私にはとても嬉しかったのでした。


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2階席まで埋まりました。

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皆さん国歌を歌っているところです。
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終わった時は、スタンディングオべーションでした。
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それに応える通訳の多美さんと僕 彼女はお父さんがカナダ人、お母さんが日本人のまだ22歳の学生さんでしたが、なかなか上手な通訳をやってくれました。
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by emoto-hado | 2008-08-20 06:52 | 旅日記

イレナ・パンタエヴァさん

2008年8月8日(金)
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故郷のバイカルに戻って喜びの舞を踊るイリナ・パンタエヴァさん

2007年の9月12日、私はニューヨーク市10番街で行われた、エドガワケーシー、ニューヨーク支部の主催のセミナーで、初めてイリナ・パンタエヴァさんというモデルさんと会いました。彼女は「水は答えを知っている」を読んで感動し、事前に連絡をくれた上で、何か相談があるということで、セミナーに参加し翌日の午後再び会う約束となっていました。
しかし、ご存知のように私はその夜に発病し、急遽帰国せねば成らず、彼女との翌日のミーティングもキャンセルせざるを得ないことになりました。

それから10ヶ月経った8月3日、私たちはバイカル湖で行われた水に愛と感謝を捧げるセレモニーで、皆さんの指揮を取らせてもらって、昨日の日記に報告したような、素晴らしい成果を上げる結果を得ることができました。一体全体この間、二人の間には何が有ったと言うのでしょう。シンクロ二シティー現象の良い例として、この間を振り返ってみましょう。

9月15日に日本に帰って即入院した結果、私の左足指は壊疽に罹ってしまって、その部分の切断手術が10月25日に予定されました。私はその事を、ブログで発表した所、全世界から私に対しての祈りの波動が送られてきたようで、私の足指はかなり驚異的なペースで回復してきたのです。そして手術予定日の1日前に私の主治医は手術の中止に同意してくれました。大変奇跡的なことだと先生方も驚いておられました。

11月6日に退院した私はその後2ヶ月ほど養生をした後1月からまた精力的に活動を始めました。そして4月には、昨年9月にキャンセルしてしまったロシアの2都市、モスクワとサンクトペテルブルグ市を訪れました。
その二つの町での新たなる人との出会いから、今回のバイカル湖におけるセレモニーの構想が持ち上がり、実践されたのです。
モスクワではドキュメンタリー映画「Water」の製作者サイーダさん、サンクトペテルブルグでは、GDV機械装置の開発者コンスタンチン・コロトコフ博士です。このお二人は「Water」に博士が登場をしていた関係で、既に旧知の仲でした。そして私も「Water」に登場していましたから3人のチームが出来上がったのです。
最初は8月1日に予定されていた日食におけるバイカル湖の水のエネルギー変化の測定をロシア側は考えていました。そして私が加わり、例年7月25日に行われている世界の水に愛感謝を捧げるプロジェクトを、今年はバイカル湖でやろうという提案をし、8月1日・日食観測、8月3日・バイカル湖での愛感謝祭が決まったのです。

それから私はバイカル湖の事をグーグルで調べ始めました。そしてすぐにバイカル湖の東岸にあるロシア連邦のうちの一つブリヤート共和国というテーマに目が行きました。そこに住むブリヤート人と日本人が殆ど同じDNAを持つ事が最近の調査で分かったと書いてあったからです。分りやすく言えば、同じようにお尻に青痣が子供の頃にある民族だと言う事です。
で、私は興味を感じて更に調べてみた所、その共和国の首都はウラン・ウデと言う所であることが分り、更にその地名をウイキペディアで調べた所、「ウラン・ウデ出身の著名人」の項の中にただ一人名前が挙がっており、その名前が「イリナ・パンタエヴァ」とどこかで見た名前があったのです。
そしてその説明は次のようにされていました。
イリナ・パンタエヴァ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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イリナ・パンタエヴァ (Irina Pantaeva,1972年10月12日 - )は、ロシアのファッションモデル。ブリヤート自治共和国ウラン・ウデ出身。身長180センチ。
名前はロシア風だが、生粋のモンゴル系のブリヤート人であるため、顔立ちは、東アジアの中国・朝鮮半島・日本・モンゴルの各地域で親しみを持たれやすい。
1980年代後半、ラトビア人カメラマンのローランド・レヴィンに見いだされるが、ソ連崩壊のまっただ中で連絡がつかなくなり、イリナは自力でニューヨークへ移り、成功した。ヴィヴィアン・タム、アナ・スイなど、アジア系デザイナーに愛される。
成功してから、連絡のつかなくなっていたローランドと偶然再会し、交際。現在、二人は結婚し、子供が二人いる。
1998年、自分の半生を書いた自伝「シベリアン ドリーム」(講談社)を発表した。


これはもう偶然とは思えません。私は直ぐに彼女に連絡して一緒にセレモニーに参加しませんかとお誘いした所「喜んで!」と馳せ参じてくれたのです。
彼女が一緒にいてくれて、色々な事が分り、現地の人たちの心を掴む事が着ました。また昔からバイカル湖を守ってきてくれた精霊たちも本当に心を開いて喜んでくれたようです。そうでなければ、あれだけ素晴らしいダブルレインボーが現われるはずは有りません。
コロトコフ博士によるDGV測定の結果もとても分りやすい科学的なデータが取れました。いずれそれは先生から学術的レポートとして発表されると思いますから、その時期が来たら、皆様にお伝えしたいと思います。全てのポジティブな出会いに感謝です。
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by emoto-hado | 2008-08-08 17:37 | 旅日記

バイカル湖から帰ってきました

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6月4日以来、2ヶ月ぶりの日記再開です。この間訪れてくれた方々には、大変申し訳有りませんでした。今回からは、他人任せでない、自己管理型のブログサイトを作りましての再登場ですので、より新鮮な情報をお届けする事が出来ると思いますので、引き続きご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

さて、昨日ロシアのバイカル湖から帰って参りました。バイカル湖の水が最近汚染され始めているという情報を聞いて、1999年に、日本の琵琶湖で行った、言霊による水の浄化セレモニーのバイカル湖版をやってみたいと言うことで、7月31日から、スタッフの根本君、木津君と共に現地入りしました。
上の写真は、8月3日のセレモニーのあと現われた巨大な虹です。地元の人も大変びっくりしたこの素晴らしいダブルリングの虹の模様から、またまた私たちのセレモニーは大成功に終わった事が、偲ばれる事でしょう。
下記は、今回のセレモニーの事務局長役をしてくれた根本康行君の、IHM社員に当てたそのレポートです。

皆様、こんにちは。

根本です。

「バイカル湖の水に愛と感謝を捧げるセレモニー」ですが、無事に終了して、
昨日昼過ぎに、江本所長、木津部長ともども、日本に戻ることができました。

江本所長から直々にお話があるかと思いますが、8月2日の所長の講演にお
いては、皆さん大いに感動してくださって、講演後には数名の方が自発的に
マイクを取られて、感謝の言葉を伝えたり、歌を歌ったりしてくださいまし
た。

8月3日のセレモニーにおいては、まあ集まってくださった人数は100名
よりも少なかったかも知れませんが、皆さんとともに、江本所長のリードに
よって、バイカル湖の水と世界の水に対して、謝罪・愛・感謝・尊敬の4行
の祈りを行い、さらに大断言を唱えました。ロシアの人たちもロシア語で大
断言他をしっかりと祈ってくださいました。

地元のブリヤート族出身のイリーナさんは、民族衣装を着て司会をしてくだ
さいました。彼女のアイデアで、祈りの場の後ろの斜面に、国旗で、
       EMOTO(ピースサイン)WATER
という文字を作りました。

雨模様の空だったのですが、セレモニー中は雨が降らず、終わった途端に雨
が降り始めました。

セレモニーの様子を、ロシア最大のテレビ局と繋がっている地元のTV局が
録画してくれたようです。

オリホン島のシャーマン岩でのセレモニーを無事終了して、宿に帰って間も
なくのことですが、西の空に、巨大な虹が出現しました。しかもダブル・レ
インボウでした。

地元の人々ですら、こんな虹は見たことがない、と言われるほどに、見事に
輝いた美しい二重の虹でした。

江本所長の思いと会場に集まってくださった人々、世界中で祈ってくださっ
た人々の愛と感謝のエネルギーが具現化したものだと感じました。

私にはバイカル湖と琵琶湖をつなぐ架け橋のようにも思えました。

ともかくも、神の約束とも言われる虹がセレモニー後に出現したことで、見
えない世界からも祝福していただけたと感じました。

私自身大いにホッとしています。

また、このセレモニーの前・最中・後で、セレモニーの場におけるエネルギ
ー変化をコロトコブ博士が測定してくださいました。

コロトコブ博士は水のエネルギーや人のオーラを測定する専門家ですが、最
近は場の波動の変化について調べることができる装置を開発されています。

8月4日はイルクーツクにて、幾つかのTV局の方も含めての記者会見的な
プレゼンテーションの場がありました。

この場で、コロトコブ博士は、8月3日のセミナー中の場のエネルギー変化
について詳しく説明してくださいました。

その結果、セレモニー前においては、場の波動は一定していて、いわゆるバ
ックグラウンドの数字でしたが、セレモニーが始まると、大きく値が上昇し
ました。後半では少しずつ下がってきて、最後の大断言の辺りで再び、一時
的に上昇しました。

人の祈りによって、その場の波動が有意に変化することが、科学的に示され
ました。コロトコブ博士もとても喜ばれていました。

以上、簡単ですが、取り敢えずのご報告です。

応援してくださった皆様に感謝申し上げます。
ありがとうございます。

根本 泰行

追伸:この巨大な虹は1枚の写真に収まりきれない大きさでしたので、ソフ
   トウエアで合成してみました。このMLで添付ファイルを送ることが
   できるかどうか、私には分かりませんが、ともかくも添付してみます。

   この写真にしても、合成が完璧ではありません。もう少し上手に合成
   してみたいと思っています。

   もし添付されていなかったら、別の方法で皆さんにお示しします。
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by emoto-hado | 2008-08-06 17:36 | 旅日記